派遣の現場では、「せっかく入ってもすぐ辞めてしまう」という声をよく耳にします。実際に派遣スタッフの定着率は、他の雇用形態に比べても低い傾向にあります。では、なぜ派遣では短期間で離職する人が多いのでしょうか。
20年以上、派遣営業として現場に立ってきた筆者の実感として、原因は“本人のやる気”や“忍耐力の問題”ではありません。派遣という仕組みそのもの、そして派遣先・派遣元それぞれの構造的な要因が複雑に絡み合っています。
この記事では、数字の裏側にある「定着しにくい理由」を営業目線で掘り下げ、どうすれば少しでも長く働ける環境をつくれるのかを考えていきます。
派遣スタッフの定着率はなぜ低いのか?
派遣スタッフの定着率が低いと言われる背景には、単なる「忍耐力の欠如」ではなく、構造的な理由が隠れています。契約の仕組みや職場環境の特徴、そして派遣という立場がもたらす心理的な距離感――この3つが複合的に影響しているのです。
契約期間の短さが前提にある
派遣社員は、基本的に「有期契約」で働いています。1〜3か月更新が一般的で、企業側も“長く働く前提”ではなく“必要な期間だけ”と考えていることが多いです。この前提があるため、社員のように腰を据えて働く意識が生まれにくく、派遣先も教育や育成にコストをかけづらいのが実情です。結果として、短期で入れ替わる文化が定着し、派遣スタッフ自身も「合わなければすぐ辞めてもいい」という心理が働きやすくなります。これは派遣の仕組みが生む、構造的な定着率低下の一因です。
仕事内容や職場環境とのミスマッチ
派遣の場合、仕事を始める前の情報は“求人票と担当者の説明”が中心です。しかし現場に入ってみると「聞いていたよりも作業が重い」「人が少なくて忙しい」「雰囲気が合わない」といったギャップが生まれることが少なくありません。特に初日から即戦力を求められる現場では、指導する余裕がなく孤立しがちです。結果、「思っていた職場と違う」という理由で短期間で辞めてしまう人が多くなります。ミスマッチを防ぐための情報共有の甘さが、定着率を下げる大きな要因です。
派遣という立場の“距離感”が生む孤立感
派遣スタッフは、職場にいる時間のほとんどを派遣先で過ごしますが、雇用主は派遣会社です。この“所属の二重構造”が、働くうえでの心理的な壁を生みます。派遣先の社員とはどこか線を引かれ、同じチームでも「外部の人」と見られがち。一方で、派遣会社の担当営業は常に現場にいるわけではないため、困ったときに相談できる相手がいないケースも多いのです。この距離感が積み重なることで、職場への帰属意識が育たず、ちょっとした不満でも退職につながりやすくなります。派遣スタッフの孤立感は、定着率を下げる“見えない原因”です。
営業が感じる「辞める人の共通点」
現場で長く営業をしていると、「辞める人には共通点がある」と実感します。もちろん人それぞれ事情はありますが、話を聞いていくと、辞める前に必ず現れる“サイン”や“パターン”があるのです。ここでは、営業目線で見た3つの共通点を紹介します。
相談できずに限界まで我慢してしまう
辞めるスタッフの多くは、トラブルや不満を抱えていても、誰にも相談せずに我慢し続けています。理由はさまざまですが、「派遣だから言いにくい」「担当者に迷惑をかけたくない」「次の更新に影響しそう」と思い込んでしまうケースが多いです。結果、ストレスが限界に達したタイミングで突然退職の連絡が入る――。営業としては「もっと早く言ってくれれば…」という場面が多いのが現実です。小さな違和感の段階で話せる関係づくりが、定着の第一歩になります。
事前説明と実際の仕事内容が違う
求人票や面談時の説明内容と、実際の現場での仕事内容にズレがあると、スタッフの不満は一気に高まります。たとえば「軽作業」と聞いていたのに実際は重量物の運搬だったり、「座り作業」と言われていたのに一日中立ち仕事だったり。このギャップは現場の人手不足などの事情で起きることもありますが、スタッフから見れば「話が違う」という印象しか残りません。営業が“説明の正確さ”を徹底できるかが、離職防止のカギです。
派遣先の社員やリーダーとの人間関係
人間関係のトラブルは、定着率を下げる最大の要因です。特に派遣先の社員やリーダーから冷たい態度を取られたり、理不尽な指示を受けたりするケースは少なくありません。派遣スタッフにとっては「派遣会社に相談しても何も変わらない」と感じてしまうと、一気にモチベーションが下がります。営業としては、現場で孤立しがちなスタッフを早めに察知し、派遣先へさりげなく働きかけることが重要です。人間関係の問題は、放置すると連鎖的な離職につながります。
派遣会社側の課題と現場の限界
「辞める人が多い」と言われると、派遣会社のフォロー不足を指摘されることもあります。確かに反省すべき点はありますが、現場には現場なりの限界も存在します。営業担当者が抱える課題を知ることで、なぜフォローが行き届かないのか、その背景が見えてきます。
営業担当が抱えるスタッフ数の多さ
1人の営業担当が管理するスタッフ数は、派遣会社によって異なりますが、多い場合は50〜100名を超えることもあります。日々の契約更新、勤怠管理、クレーム対応、新規営業…。これらを限られた時間の中でこなすのは容易ではありません。結果、フォローの頻度が下がり、問題が起きても後手に回ってしまうことが多いのです。「わかってはいるが時間が足りない」――これが営業担当の本音です。組織としてフォロー体制を整える仕組みづくりが求められます。
フォロー体制のバラつきと時間不足
派遣会社によっては「フォロー体制を強化」と掲げていても、実際には担当者による差が大きいのが現状です。経験豊富な営業なら柔軟に対応できますが、若手や新人は現場との調整に苦労し、結果的にフォローが形だけになってしまうこともあります。また、トラブルが起きてから動く“事後対応型”の文化が根強く、予防的なフォローに時間を割けないのも課題です。現場主義を重視する派遣業界ではありますが、「忙しさ」に押されて肝心な人へのケアが後回しになりがちです。
派遣先企業との板挟みで動けない現実
営業担当者が最も苦しむのが、派遣スタッフと派遣先企業の“板挟み”です。スタッフの不満を聞いても、派遣先が改善に応じてくれなければ対応が難しい。一方で、派遣先からの要求に応えようとすれば、今度はスタッフの不満が増す――。どちらに寄ってもトラブルになるリスクを抱えています。さらに、契約更新や単価交渉といったビジネス面の関係もあるため、強く言えない場面も少なくありません。結果、現場で起きている小さな問題が見過ごされ、離職という形で表面化するのです。営業の悩みは“どちらも守らなければならない”ことにあります。
交代勤務の管理の難しさ
製造業や物流など、交代勤務(2交代・3交代)を扱う現場では、スタッフの勤務時間が日中・夜勤・早朝・休日とバラバラになります。さらに日祝に稼働する現場も多く、営業担当がスタッフの状況を把握するには非常に高い負荷がかかります。1人の営業がこれを実質すべて管理するのは不可能に近く、勤怠管理やシフト調整、体調フォローなどが後手に回ることも少なくありません。このような交代勤務の現場は、派遣スタッフの定着率に直結する重要課題であり、営業の負担がさらに増す要因となっています。
定着率を上げるために営業ができること
定着率を改善するためには、派遣会社と営業担当の工夫が欠かせません。すべてを完璧に防ぐことはできませんが、事前のマッチング、現場でのフォロー、そしてスタッフとの信頼関係づくりによって、退職を未然に防げるケースは多くあります。ここでは営業ができる具体策を紹介します。
マッチング段階での情報共有を徹底する
派遣スタッフが職場に入る前に、仕事内容や職場環境を正確に伝えることが重要です。単に求人票の情報を渡すだけでなく、「現場での雰囲気」「注意点」「忙しい時間帯」など細かい情報も共有します。これにより、スタッフは現場でのギャップを減らすことができ、入社直後の戸惑いやストレスを抑えられます。営業としては、事前に派遣先の担当者と密に連携し、リアルな情報を持って面談に臨むことが、定着率向上の第一歩です。
初期フォローの重要性を理解する
入社直後の1週間~1か月は、スタッフにとって環境になじむ重要な期間です。最初の違和感や不満は、このタイミングで解消されなければ、離職につながりやすくなります。営業担当は、入社初日や1週間後に必ず連絡を取り、困りごとがないか、職場に慣れているかを確認します。小さな声も拾い上げ、必要に応じて派遣先と調整することで、スタッフが安心して働ける環境をつくることができます。
現場との信頼関係を“地道に築く”姿勢
定着率を上げる鍵は、スタッフとの信頼関係です。問題が起きる前に相談してもらえるような関係性を築くためには、日常的なコミュニケーションが欠かせません。面談や連絡の回数を増やし、悩みや希望を聞き出すことで、スタッフは「この営業担当は自分のことを見てくれている」と感じます。信頼関係があれば、仕事の小さな不満も早期に解消でき、突然の退職を防ぐ効果があります。営業の地道な努力が、定着率の向上につながるのです。
まとめ
派遣スタッフの定着率が低い背景には、本人のやる気だけではなく、派遣という仕組みや現場・派遣会社の構造的な課題が深く関わっています。短期契約や仕事内容のミスマッチ、孤立感、営業担当の負荷の大きさ、交代勤務などの特殊条件――これらが複合的に重なり、離職につながりやすいのです。
しかし、定着率は完全に運任せではありません。営業担当が事前マッチングの精度を上げ、初期フォローを徹底し、スタッフとの信頼関係を日々積み重ねることで、離職を未然に防ぐことは可能です。また、派遣会社側もフォロー体制の強化や現場との連携を進めることで、スタッフが安心して働ける環境をつくることができます。
派遣業界の「定着」という課題は簡単ではありませんが、現場を理解し、スタッフに寄り添う姿勢が、長く働ける環境を支える最も現実的で確実な方法です。


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